隅っこの部屋

黄金町バザール2015

黄金町バザールに訪れるのは2010年、2014年につづき今回で三回目。
過去二回は、サポーターとして参加している友人と一緒に回ったので、作品について解説して
もらいながらじっくり観賞したのだが、今回は前半は一人で回り、途中で友人と会う事になった。
事前に手にしていたパスポートの中で作者について軽く紹介されていたのだが、
そこを読み込まずに見始めたので、ちょっと変わった(邪道な?)楽しみを見つける事になった。

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黄金町駅側から日ノ出町駅方面へ向かって回り始めると、まず作品の所に解説文の類が一切無い場所
が多い事に気付く。
時間帯とめぐり合わせで、始めのうちは建物の中で人に会う事も無く、道を歩く間もほぼ一人だけ。
狭い間口の扉を開けて、言わば勝手に人のお宅(会場なのだが)に入ると電気も点いていて(会場なので)
普通の建物のはずなのに非日常の空間がある。
いくつもそんな場所を渡り歩くうちに、どこか"奇妙な世界"の街に入り込んで彷徨っているような気持ちになり、とても不思議な体験をしている感覚を持った。
「何この時間、シュールだ・・・病み付きになりそう」と心の中でつぶやきながら、説明一つ無いインスタレーションをめぐる時間を楽しむ。
途中で来場者に会ったり受け付けに人がいると、少し夢から覚めたような気分になった。

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半分ちょっと見たあたりで友人と会い、そこから後は、作品に関する情報をもらいながら見て回ったので、
前半のふわふわした感覚とは違った落ち着いた観賞となった。

作者の意図が分かった上で見ると、アーティストが本来表したかったものが浮き出てくる。
解説がある展示場と無い展示場と両方あり、無い場所というのは自由に受け取って欲しいという思いもあるのかも?
コミュニティーや街づくり、人との交流がテーマとしている場所で、無人の中、作品としての空間にだけ向き合うのと、作品の背景を知って話をしながら見るのと、どちらが作者の本意にかなうところなのか、少々考えさせられた。

どちらにしてもインスタレーションはその人の内面に入り込むような感覚を強く感じる展示物だと思うので、
この日感じた事そのものが作者との交流・対話と言えるのかもしれない。


黄金町バザールは11月3日まで
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  1. 2015/11/01(日) 14:12:02|
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ヴァロットン展

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ヴァロットン展(三菱一号館美術館)

「日曜美術館」と「ぶらぶら美術博物館」で予習してからの鑑賞。

とにかく全体的に「構図の力」を楽しめる美術展だった。
それが一番際立っているのは白黒の版画なのは事前の予習どおりだが、油絵の方からもそれを感じた。

画家の家族の食卓を描いた「夕食、ランプの光」(NO.48)などは黒の使い方がシリーズ物の版画に近い
感じがする。
この絵と、奥さんの家族を描いた「ポーカー」(NO.53)は近い場所に飾ってある。
描かれている登場人物(妻と連れ子や妻の親戚)への複雑な感情や空気はTVで放送された解説通り
だが二つとも色、形が「きれい」だというのが生の絵を見て感じた印象。
マイナスの感情を表すのに不快な色の組み合わせを使うのはよくある事かもしれないけれど、そういう
手段を使わず代わりに明暗と表情と構図を駆使している。
前半に飾ってあった女性のヌードはそういう意味での綺麗さが感じられなくて私は好きではなかった
けれど全体を通しては色の組み合わせやメリハリがきれいな絵が多くて好感を持った。

そういった冴えた綺麗さで最初に足を止めたのが「月の光」(NO.29)。
この絵はきっと売店でハガキになっている!
好きな人も多いに違いない。黒々とした地平になんとも言えない鉄色の空、金泥を使ったかのような
月と雲と鏡のような川と。暗くて、心地よいと思わない人もいるかもしれないけれど、間違いなくきれい
で引きこまれる。

版画は、これを見ると、ヴァロットンがいかに「上手い」か良く分かる。
男女の色々なシチュエーションを描いたシリーズ(No.35~No.45)は、構図はもちろんだけど、やはり
ポーズも含めた表情が大事だなあと思う。奥さんの支度を待つ旦那さんのイライラ感とか!
そして題名。題名をきちんと考えて描き始める、あるいは付けるのもテクニックだなぁ…としみじみ。

群集をかたまりの形としても一つ一つの人間としても面倒くさがらずに描く事、とか色々と勉強になる。

版画の中に「オクターヴ・ユザンヌ」(No.59)という肖像(というか似顔絵?)があったが、この人は
ヴァロットンの木版を最初に評価した人、という解説があり、だからだろうか
他の木版の人物と比較して似顔絵としてとても丁寧で、知らない人にもかかわらず「似てる!」と
言いたくなるようなものだ。こういう部分に好意的な感情が現われている気がして面白い。

後半の方に行くと"マティエール(質感)の豊かさ"という章がある。だが、ここで紹介されている物よりも、
前半の最初の方にあった「帽子を持つフェリックス・ヤシンスキ」(No.4)という肖像画の方で質感については
感心することしきりだった。
服のマットな黒とシルクハットの艶のある黒の表現がすばらしくて、「この肖像画で描きたかったのって
結局人物よりもこの黒の布の質感の違いなんじゃ?」と思わずにはいられなかった。

さて、今回の美術展の呼び物でもある「ボール」(No.22)だが、事前に色々見すぎたせいか、
生の絵を見たからといって改めて思う事もあまり無かった。横からと上からと二つの視点が見せる効果に
ついて色々と解説があったが、手前の部分を俯瞰にして遠くの物を横から見せる事は
(少々極端で横長の絵ではあまり無いかもしれないが)それほど不自然とは思わない。
でも日曜美術館で角田光代さんが書いていた物語はちょっと怖い感じがとてもよかった。ヴァロットンの
展覧会の絵を題材にもっと色々な話を聞かせて欲しいくらい。

手前を俯瞰にする表現ではもう一つ「白い砂浜、ヴァスイ」(No.31)が高さ、広さ、遠さがよく現われていていい感じ。

色々と刺激を受ける展覧会で、参考になる事も多く、面白かった。

9月23日まで

  1. 2014/09/12(金) 16:59:11|
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ターナー展

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ターナーの初期の緻密な水彩画と、晩年の輪郭もおぼろな油彩画と、共通点があるとしたら
描かれている空気感だろう。光や英国特有の気候を表現する事にこだわっていた事は諸解説にもある。

今回、順路に沿って見ていくうちに突然気付いた。
月が印象的な小さめの絵「月光、ミルバンクより眺めた習作」で、その月の光の近くの町のシルエットに
視点を固定し見ていた瞬間に、そこに居るとしか思えないほど絵の中に引き込まれたのだ。
その近くに展示されていた「嵐の近付く海景」でも、船の手前の荒れた波の面を見ている時に
その場にいるような感覚にとらわれた。
ターナーの絵は、どうやらその空間に中に入れるようだ。
人の視界というのは、はっきりと焦点を合わせて見られる範囲は意外と狭いという。だからその絵の
一部分をじっと見ていると、周辺部分の情報はそぎ落とされて、
空気感を描くのに長けたターナーの絵では、そこに包まれたような感覚になるのかもしれない。

2007年にBSハイビジョンで再放送された(本放送は2003年10月)「世界美術館紀行」のテートブリテン編、
"渦巻く大気 ターナーのスケッチ帳"を見て以来、ずっとターナーが好きと言ってきたのだが、実際はなかなか
本物のターナーを見る機会は無かった。
昨年の「巨匠たちの英国水彩画展」につづき、今回二回目のターナー。しかも本格的な展覧会で、
ようやくターナーのほんの一部が分かったような気がした。
「世界美術館紀行」のテートブリテン編は、ターナーに触れるには本当にいい番組で、
湖水地方などの風景とターナーの絵がどちらも美しく、そのスケッチブックは本当にすばらしかった。

この機会に「世界美術館紀行」の録画をもう一度見返すと、18世紀末、イギリスでは国内旅行が盛んに
行われるようになり、挿絵付き旅行書が多く刊行され、その元となる絵を描くという仕事が画家の新たな
収入源となったとの事で、ターナーの国内旅行スケッチが紹介されていた。
その絵も今回の展覧会では展示されている。

ターナーの絵を見ていると、当時の画家の、あるいは旅行書を持った人達の旅の空気まで楽しめる気がしてくる。
風景を伝える事を目的の一つにした絵も多いので、当時の人達がこの景色を見ながら旅をしたのだと
思って見るのは自然な事だろう。

ここまで緻密に塗っていて、どうして途中で色付けをやめている?というスケッチもたくさんあり、
一方で、全体の雰囲気だけをつかむ為の粗いスケッチも多数。こんなのまで飾っていいのかというような、
作品とも言えないようなものも多数。
図録によると、ターナーは大量の絵を描きながら未完の作品も多いそうで、全体を見ればそれも納得。
どれが習作でどれが未完でどれが実験なのか、解説が無ければ分からないものもある。
絵の注文を取る為の見本の習作は空気感だけを描いたようなもので、
この段階だけでも表せているものがあると掴んだから晩年のような作品が出来たのかも?

最後の部屋に飾ってあった「湖に沈む夕陽」はほぼ形のある物は何も描かれておらず、ただ夕陽と思われる
白いかけらが左の少し下にあり、そのかけらも歪んだ絵の具の点だ。
でも正面に立って絵の真ん中を見つめていると、視界の端でそのかけらが太陽らしく輝いて見えて来る。
一部を見つめて周辺を感じるこの方法、ターナーの絵の楽しみ方の一つとしておすすめしたい。


ターナー展の公式HPは→こちら

  1. 2013/11/23(土) 16:38:43|
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