隅っこの部屋

黄金町バザール2017

kmap2017.jpg


友人のお誘いを受けて、黄金町バザール2017を訪れた。
まだ前半だからか、今回は映像を見る作品が多かった。もう少しその内容を表すような
インスタレーション的な作品を見たかった気もするが、印象に残ったものもあった。
その中の一つ、有川滋男さんの作品を見て・・

20170817-1.jpg

もしも同じ場所でうろうろしている人を見かけたら、何をしているのだろう、と不審に思うかもしれない。
しかし、作業着を着て動いていれば、それだけで何かの仕事をしていると思い、
自然に受け入れてしまうだろう。
実際に行っていることがまったく無意味だったとしても。

この映像に映し出されている数人の人物は、ありふれた道具を使って何かを計り、
書き込み、何らかの目的を持って行動しているように見える。
しかし、その作業を2~3工程見るだけで、いかにも無意味な行動をしていると感じ始める。
作業をする事が目的と化していて、全体として何かをしているようにはとても思えないのだ。

20170817-4.jpg

だがふと、本物の仕事でも同じような状況になっているケースがあるのではないか、
これはその事に対する皮肉を込めた作品なのか?と疑い始める。
見える範囲には何の説明もない。
整然と並んだ机の上の定規やブラシや筆記用具たち。排水の詰まりを直すパッコン
…スッポン?の列。
その向こうで働く彼らの映像はしかし、とても真剣で様式美のようなものを感じなくもない。

20170817-3.jpg

海にパッコンを突き立てる女性作業員をが現れ、行動の無意味さに確信を得たところで、
それでも彼らにとっては「仕事をしている」事自体に意味があるのだという
確信だけはなぜか感じる事ができるのである。

20170817-2.jpg

余談だが、こんな思い出がある。
5~6歳ごろの事だったか、近所の一歳上の友達の女の子の家で時々子供向けの
レコードを聞いて遊ぶ事があった。

そのお宅のステレオセットは、レバーのようなものがたくさん付いていて、
レコードを鳴らすまでの間に色々なスイッチを押したり調節したりしていて、
その子の行う"作業"がいかにも"メカ"を動かしているようでとてもかっこよかったのだ。
(パイロットがたくさんのボタンをパチパチいじるのがかっこよく見えるのと一緒である)

一方でうちに来てレコードを聴く時には、プレーヤーは、
脚付きのステレオではあったけれど電源ボタンを一つ入れ、針を落としたらあとは
する事が無い。
電源ボタンをゆっくり押したり、音量つまみを必要もないのに何度もいじってみたり
したけれど、かっこいいと思えるほどの作業ではなくてそれが残念でならなかったのだ。


この作品の「仕事」に意味があるかどうかは別として、真面目な顔をして
決められた手順を踏んで作業を続ける彼らがちょっといい感じに見えるのは、
そのような感覚の名残りなのかもしれない。

kogane2017.jpg



黄金町バザール2015の時の記事はこちら


  1. 2017/08/25(金) 13:49:20|
  2. 美術展・展示会など
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

驚きの明治工藝 (川越市立美術館)

驚きの明治工藝
odoroki054.jpg

入ってすぐの目立つ所にまず、大きな龍が釣ってあり、ライティングで影の演出もされていて目を引く。
今回の展覧会は、2作品を除いて写真撮影OKとの事で、どういうアングルで撮れば、
この繊細な細工と龍らしい迫力を出せるのか、しばし没頭する。
20170527-2.jpg

ここからしばらく、自在置物がつづく。鱗で繋がれた体や関節が本物のように動かせる作りだ。
蛇はコマ撮りアニメーションで動く様子も展示されているが、姿だけでもなかなかのリアルな存在感だ。
やはり大きさは大事な要素で、同じような創りでも小ぶりな左の方が断然かわいらしい。
20170527-b2.jpg

ほとんどがまるで本物のように作られたものばかりだが左の魚はデフォルメされているように見える。
そっくりに作り切れなかったのか、写実の先に進んだものなのかどっちだ。
すごいと思うのは右の方だが、左の方に味があるのは確かだ。

20170527-5.jpg
この後エビや虫などまるで本物のような細工物が続き、どれも驚くようなものばかりだったが、
個人的には自在ものを離れた工芸品の方に惹かれるものが多く見つかった。
動いてこその自在もので、会期中ポーズ替えもあるなど工夫を凝らしているが、手に取る事はできないので
鑑賞するとなると「本物みたい」というところで止まってしまう。
だが後半の工芸品は、それぞれが美術品としての個性もあるため、感性に合うものは本当にずっと見ていたくなるような
好ましさで鑑賞できる。

小さいゆえの愛らしさを感じるもの
20170527-c.jpg



グラデーションが美しい宮川香山の「染付菖蒲文花瓶」(左上)と
セットで使っているところを想像したくなる林谷五郎の「台子飾皆具」
「林谷五郎 台子飾皆具」で検索すると、裏側に描かれているかわいらしい「謎生き物」も見られる。
20170527-e2.jpg
     皆具の方はちょっとだけ、さくらももこの描く文様っぽい。


今日一のお気に入り  周山の「薩摩焼竹図花瓶」
花瓶の形そのものが絵に生きていて、
金色なのに渋くて上品。さわさわと風に吹かれる音まで聞こえてきそう。
20170527-d.jpg



左の二つは絵が表現方法としての技法と合っていてすてき。
          (「雨中橋図蒔絵煙草箱」「月下狸図硯箱」)
右上はすっきりしていてかっこいい。
          (加納夏雄「梅竹文酒爛器」)
右下は日本画によく見るタイプの犬だが、片切彫の絵柄としては意外性がある感じ。
          (海野珉乗「犬図薬缶」)
 わんこだと思うと持っていて楽しくなりそう。
20170527-f.jpg


個性的な生き物たち。ライオンと狸は板からの"打ち出し"
20170527-g2.jpg

易信「蒔絵螺鈿芝山硯屏」
 華やかで極上の細工。だけど、背景が金色、というよりシンプルな金属板に見え隙を感じる。そこが好き。
20170527-3.jpg
20170527-4.jpg

こういう展覧会は、欲しい物探しをする感覚で見るのが楽しい。今回は特に写真OKなので、
実際にモノは手に入らなくても映像が残るのでとてもうれし楽しい。


  1. 2017/05/31(水) 16:57:27|
  2. 美術展・展示会など
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

並河靖之 七宝 展

namikawa.jpg

以前、鑑定団に出品され解説TVRを見て印象に残った並河靖之の七宝。
ほかに何度か美術番組などで見かけて、ずっと気になっていたところ、
大好きな庭園美術館で展覧会が行われるという事で、ぜひ見なければと足を運んだ。

あまりに細かい細工なので、その密度から考えられる常識的な大きさを
勝手にイメージしていたのだろう、実際に見た時の第一印象はどれも「思ったより小さい」だった。
こんなに小さい中にこの細工。その工程を知っていればなおさら、驚嘆する。
今回、庭園美術館では無料で単眼鏡の貸し出しが行われており、これがとても鑑賞の助けになった。


美術展に行くと、作品リストにごくごく簡単な印象などを書き込んで行くのだが、今回は
ボキャブラリーも貧困になりがちだ。だがそれは作品の質とは比例しない。

序盤で見られる、40番「藤花菊唐草文飾壺」の感想メモ
・・・ 「宝石のよう 色の組み合わせが上品 描くだけでもすごい」
"描くだけでもすごい (のに七宝の技法で細工しているなんて信じられない) "というのは
これから出てくる多くの品にも当てはまる感想で、分かっていても言いたくなるのだ。
ここに至るまでの順路の中で一番気に入ったので
「今日の一番かも?」と思ったが、まだまだ先は長かったのだ。


以下、他の作品でも
「きれい かわいい 洗練されている ほしい 最高」などの言葉が続く。


22番の「花丸唐草文棗」では、
きれい、かわいい、愛らしい、ほしい、の他に
「持っている色を使いつくしてまとめるテクニックを習得」と書いた。
検索しても出てこないので紹介のしようがないのが残念だが、
黒地に散る何種類もの花が丸い柄に重なって花てまりを散らしたようで愛らしい。
高価な品にこんな事を言うのもなんだが、
雑貨やさんを見て回るような楽しさがあり、同じ柄のハンカチでもいいからほしいと思う。
ここに来て「今日の一番はこれか?」と思う。が、まだまだ先がある。


褒めるところしか見つからないように思えるが、
こうしたものはお気に入りを探す目で見ていくと、当然好き嫌いも出てくるものだ。
少し慣れてくると
「いい作品とは思うが、息をのむほどでもない」  と、偉そうな事を考え始める。他にも
「赤地はいいが、しょせんは虫」
「蝶もこれくらい控え目の方がいい」
など細かく表現されているがゆえに、虫が苦手なのが感想メモに現れてきてしまう。


さて、本館を出て新館に移ると、これまでとはまたレベルの違う作品に出合うことになる。


どうしたって好きにならずにいられないのが、
今回の展覧会のチラシにも使われている、
38番「藤草花文花瓶」
こちらも想像より小ぶりで、それゆえに愛らしく装飾的に垂れている藤と下の方にひっそり
小さく咲いているタンポポなどの草花、上下の文様部分と黒字の割合、バランス、すべてが好ましい。
うーん、今日一か?


だが、それ以上にお気に入りという意味では
49番「花鳥図飾壺」が
とても気に入った。小さな蓋つきの壺で、蓋の部分から山吹の花が四方に広がっている。
この黄色が黒地にとてもよく映えて、なおかつうるさくない量と配置、下に鳥。
検索して出てくる写真はマットに見えるが、実物はつやつやしていて本当に奇麗だった。
38番の藤花と、どちらが一番かとても迷う。写真で見ると藤の方がいいけれど、
実物をいつまでも見ていたいという意味ではこちらが上かも。

(それにしても、名前がどれも模様の説明と物の形の組み合わせなのでぱっと見ても
どれを指しているのか分かりづらくて不便だ。検索してもなかなか目的の画像が出てこない…)


あと一つ、
63番の「蝶に竹花図四方花瓶」は
「この題材にこの形、ハマっている。静寂 絵としても物としても洗練」
感想らしい感想を引き出したのは、やはり絵の力だと思う。
平らな絵ではなく、この形のもの(四角い壺)の角面を使ったからこその世界観。
絵を引き立たせる背景としての黒が多い中、この黒はまさに静寂を描いた色だと言えそうな空気感。
竹も花も蝶も、背後の闇も、この構図以外ありえないと思えるような完璧な世界だった。

"絵が描かれた壺や花瓶"という物ではなく、襖絵や屏風絵のように壺や花瓶とい
う形態の地に絵を描くジャンルとして出来上がっていると思った。

いつか、今回展示終了で見逃した「四季花鳥図花瓶」も見てみたい。


  1. 2017/04/03(月) 10:59:02|
  2. 美術展・展示会など
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

この夏見に行った展覧会など2 (ルノワール展)

renoir.jpg

場所は国立新美術館。
普通に考えれば混んでいた方だと思う。
ただ、若冲展を見た後だと、ぎりぎり許容範囲内と言えるくらいの混み具合だった。
感覚がおかしくなっているかもしれない。


ルノワールは保険会社のカレンダーで毎年扱われていたり
TVなどで目にする機会もあり、慣れすぎて(?)特に好きという事もなかったけれど、気にはなっていたのだ。
生で何度も見たわけでもないものを見飽きたようにとらえるもどうかという思いもあり、
「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」が初来日という売り文句に多少釣られもしたが
それよりも行ってみようと思わせたのは、以前見た2作品によるところが大きい。

以前上野で行われたプーシキン美術館展で、入り口の最初の所で迎えてくれたのがルノアール2点だった。
そこそこの大きさでいきなり最上級の輝くような美しさで、
「生で見るルノワールってこんなに奇麗なんだ!?」というのがその日の感想の半分くらいだった。
この体験はウフィッツィで見たヴィーナスの誕生以来の「生で見た美しさの衝撃」と勝手に名付けている。

その時の絵は両方縦長だったので、明らかに今回の売りのムーラン・ド・ラ・ギャレットとは
違うものなのだが、私はずっと「ムーラン・ド・ラ・ギャレットはあの時に見た絵」と思っていたので、
初来日と聞いて首をかしげてしまったのだ。
図録もリストも持っていなかったので、あの日に見た絵が何だったのか謎のままだったのだが
この機会に本気で調べ直したところ、2005年の上野、プーシキン美術館展で見たのは
「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で」と「黒い服の娘たち」だったようだ。
題名の一部分しか覚えていなかったのでやはり別物だった。

さて、今回のルノワール展について。

出だしは(私の中では)低調。肖像画が続くのを見ていくと、
時々「いい顔」「いい絵」と思うものが混じる。
これはその対象がそもそも魅力ある人だったのか、それともルノワールがその人をモデルとして
気に入って、手に心がこもるからいい絵になるのかどちらだろう。
ヴァロットン以来、肖像や似顔絵でいい顔を見るとつい心の込め方について考えてしまう。
12番の「ジョルジュ・シャルパンティエ」が目を引き付けた。

順路通りに見て行くと、やがて風景が現れてくる。
水を描くのが苦手なのか、それとも初期には絵の対象として興味がないのか?
川の絵の感想は「なんか変」。
hashike.jpg

この調子でしばらく行くのかと思い始めたころ、18、21あたりから急に面白くなってきた。
特に21の「草原の坂道」は、ちょっと気になる絵という感じで振り返りながら通り過ぎたものの
再び戻って見るうちに人物の向こうの道に引き込まれるような感覚になってきた。
小さく描かれた人物が絵の中でちょっと浮いている感じも面白い。
sougen.jpg

有名な絵をこの目で見た、と、後で言えるような絵も現れ始める。
25「ぶらんこ」では特に、自分の中でも絵を描く時に情緒とか
空気感を呼び起こすパーツとして意識する、"影の中の明るい部分"の表現として
「女性の右手の袖の部分の白がイイ」と思い、
その部分にばかり目が行ってしまった。
buranko.jpg

27「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は一番の人だかり。
少し離れて立ち止まって眺めるスペースと、ちょっと並んでゆっくり近くを歩いて
通り過ぎるコースに分かれている。
最初に少し離れて見るスペースで見た後、2回ほど近くを歩いて鑑賞した。
mu-ran.jpg
私の中では当然ながら、この作品にこそブーシキン美術館展の時のような感動を求めていた。
感動とは立ち会う前に求めるものではないとは承知の上だが、そうは言っても
期待しないのは難しいのだ。
だから、求めすぎたせいでなかなか大感激というわけにはいかなかったのは仕方がない。
それでも、近くを歩いて鑑賞した時にはこの場から左奥に世界が繋がっているような
感覚になり、もっとここに立ち止まって見ていたいと思った。
条件のいい状態で好きな距離からゆっくり楽しめたら本当にいい絵なんだろうと思う。
絵には確かに鑑賞するのに最適な距離というものがあるのだ。この絵は2mくらいの
距離から見るのがいい。

63「母性 あるいは 乳飲み子(ルノワール夫人と息子ピエール)
bosei.jpg
この絵の題名は「母性」または「乳飲み子」という事でいいのだろうか。
画家が名付けた題名が無いのかな。
フェルメールの青いターバンの少女または真珠の耳飾りの少女、みたいなものか。
発表する作品として、というより幸せな時間を書き留めたかったかのよう、という感想。
69「ガブリエルとジャン」も同様。

65「ジュリー・マネ あるいは 猫を抱く子ども」は肖像ではあるけれど子供の時間の
瞬く間に過ぎ去る事を思うと、これも今この時のいとしい時間を留めたくて
描いたような作品に見えてくる。描かれた少女にとっても、生涯手放さなかったと
いうのだから、愛情が確かにこもった作品がまさにいい絵になるのは確かなようだ。
kodomo.jpg

68「幼少期のフェルナン・アルファン」
なんてお肌がつやつやの美しい少年、と思ったが、近付いてみると少し疲れて見える。
ハイビジョンでアップにされる芸能人を思う。お肌の艶って大事。
yousyou.jpg



花の絵のコーナーに入る所の解説で、絵の実験場としても、描いている間頭が休まる意味でも
重要なモチーフであるというような事が書いてあったが、
私が木を描く時の感覚に非常に近くて共感できる。
これほど人物を中心に描いた人でも人以外を描く事に安らぎを求めるのかという驚きがあった。



102「浴女たち」
yokujyo.jpg
最晩年に描かれたこの絵はルノワールを紹介する番組では必ずと言っていいほど
取り上げられる。
正直、あまりの体格の崩れや赤みを帯びた色が目に付き、好きではなかった。
この絵を見て、心の中であるいは口に出して「三段腹」「四段腹」と言わずにいられた人が
どれだけいるだろう。
だから、この絵を前にここまで見入るとは思わなかったのだ。「好き」になったかどうかは
今でも分からないが、少なくとも「すごい」と思い、強く印象に残り、長い間
立ち止まらずにいられなかった事は確かだ。
まず「こんなに大きい絵だったんだ」と思った。もう人の形がどうこうじゃない、
エネルギーの塊のようで、輝く肌が迫ってくる感じ。
その肌の色が一番乗って反射するのが太ももでだから太ももを一番描きたかったのではと思ってしまう。
動かない手で最晩年にたどり着いたのがここ、というドラマ性を除いても存在感のある絵だった。



今回、特にお気に入りのこの一枚、というのがあったわけではないが、何点かは心に残り
見る前よりは何かが分かったような気がするし、見に来てよかったと思った。
いい鑑賞の一日だった。


  1. 2016/09/20(火) 17:54:29|
  2. 美術展・展示会など
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

この夏見に行った展覧会など1(魔法の美術館/光と影のイリュージョン)

こまめな更新ができなかったので一気に振り返る。

光の造形を楽しむ一日:

8月6日「魔法の美術館/光と影のイリュージョン」を見に、新宿損保ジャパン日本興亜美術館へ。
TVで紹介されていた時には、体感するアートを親子連れが楽しむ映像が紹介されていたので
アトラクションのイメージを持って行ったが、思ったよりも子供の姿は少なかった。
人の入りも一つ一つをじっくり楽しむのにちょうどいい感じ。
動きが反映されるはずの作品で、ほとんど反応が無いものもあったのが残念な所だが
全体としてはなかなか楽しめた。
20160806-3-2.jpg

・インスタレーションとして素敵だったのは一番最初の「Lifelog_シャンデリア」
20160806-1.jpg
昔からこのタイプの影をうまく利用した作品は好きなので、長く見ていたいと思わせる
心地よさがあった。木漏れ日を思わせるような作品なので、どうせならばサワサワと
揺れるような音の中で見られればよかったが、扇風機の機械的な音だけが響いていたのは
仕方がないところか。
途中で風に浮かんで周る羽根車が枠から飛び出して落ちたのを、会場の係員さんが戻して
浮かせるところを目撃できたのは幸運だった。手を離れて浮き回り出した瞬間、思わず拍手。

体感する作品という性質上ポーズを取りたくなる作品が多い。
・「色のある夢」
20160806-4.jpg

・「レイヨーグラフィイー」
20160806-8.jpg

・「光の波紋」
20160806-9.jpg
手をかざすと光が広がり、セミの鳴き声のような音も響く
この前に立つと自然とパントマイムのような動きになる。
自分でやるよりも友人が動く所を見ている方が心地いい。
実際にマイマーや舞踊をする方を連れてきて鑑賞できたらさぞ心地よかろう。

・「Immersive Shadow」
自分の影がスクリーンの中で風船のように浮かぶボールをはじく事ができる。
この男の子は一つ一つの作品に本当に食いつき堪能していて、
一緒にこの空間にいるだけでこちらも楽しくなってしまった。この作品は特にお気に入りの様子。
かわいらしい動きで実際以上に作品を楽しいものにしていたように思う。
20170806-5.jpg

・「Delay Mirror」写真無し。自分の映像が二つ、一方は少し遅れて反応する。
一瞬ピンクレディーを踊りたくなったが、ズレるから無理かと思ってやめたが、
"サウスポー"の前奏出だし部分(二人重なって立ったり座ったりする)ならすごく
うまく行ったのではと後で気付いた。惜しい事をした。誰か試した人はいないのだろうか?

・「Danceing Mirror」音楽に合わせて自分の映像がポップな動きで巻き戻ったり進んだりする。
この日の一番のお気に入りで、ちょっと動いただけでダンスを踊った気分になれる。楽しい。

・「Time Scanner」題名が秀逸。ここでもこの子が楽しそうに動いてくれた。
やはり作品と共演する魅力的な何者かの存在は大きい。
20160806-6-2.jpg


たっぷり光と影を楽しんだところで、夜には地元の花火を見に行く。


手ぶれが高じて芸術写真のようになったのでいっそその方向で。
20160806-y1.jpg

この日目立ったのが青い花火。地味だけれど印象に残る。写真に撮ると星団のよう。
20160806-y3.jpg

20160806-y2.jpg

20160806-y4.jpg

20160806-y6.jpg

一日付き合ってくれた中学時代からの古い友人に感謝。












  1. 2016/09/13(火) 13:49:24|
  2. 美術展・展示会など
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ